専修学校
関係者向け

#知る専コラム

「満足しているが、他者に薦めない」を変えていく
~満足度から正味推奨者割合の向上へ~安田実(学校法人森ノ宮医療学園常務理事、森ノ宮医療大学特任教授)

1.海外から移住してきた人が見る日本のサービス・クオリティ
コロナ禍で、ネット利用については、情報入手だけに留まらず、映画のサブスクリプションサービスやYou Tube動画の閲覧などに時間を費やす人が多くなったかもしれません。例に漏れず、私も気がつけばこれらサービス利用に多くの時間を割く日常です。
You Tubeで発信されている情報の中で、印象深いのは、海外で生まれ育ち、その後成人になってから日本に移住し暮らしている人たちの日常生活を楽しく語っている動画です。
彼女らの感想で多いのは、首都圏における交通機関の利便性、清掃の行き届いた公共スペースの快適性、和食をはじめとする食事全般のおいしさ、コンビニのサービス・クオリティと品揃えのよさ、トイレの多機能性などです。一方、私たちも、個人で国外に出て、あらためて日本の生活様式を外国と比較して見直せば、日常あまり気がつかない便利さやメリット、モノ・サービス全般の質の良さ、安心感などを実感します。

2. 選抜機能と需給ギャップ
さて、この稿では、専門学校として推奨度を高めるための方策などを少し考えてみたいと思います。利用者側がサービス提供者に対して多彩な選択肢をもった場合の経営戦略として、どのようなことが考えられるのか、サービスのマーケティングの考え方をたどりながら振り返ってみたいと思います。
これまで、高等教育においては、入学者を「選抜」することが長く続き、なおも選抜が機能しているところは、大学を中心として多くあります。一方、選抜を意識することが少ない非大学型高等教育機関も存在します。もちろん、入学者の志望動向や、将来のキャリア形成の計画を実現するための適格性、高等教育を有効にならしめるための基礎学力の蓄積などは、入口での「選抜」機能があってこそ実現されているといえましょう。しかし、今後の専門学校のビジョンを見据えれば、学生募集活動などに関して、入学者の希望や意向とその機会を提供する側の均衡が成り立っているのかといった視点が必要であり、広く社会からの要請や職業教育としてのニーズに変化があれば、教育内容そのものや提供する方法、機会等も整理して、新たに開発などして変容していかざるを得ないと思われます。

3.満足度から推奨度向上へ
教育環境の質的な向上と多様性の確保は、学校経営関係者・ステークホルダーのみならず、広く社会から継続的に要請されています。入学者を選抜している大学も、「学生満足度」という指標を強く意識するようになってから久しいと言えましょう。自己点検評価においても、学生生活における客観的基準を設け積極的な「学生満足度」の点検と評価を実践しているケースも多くあります。この指標の次に「学生(顧客)ロイヤリティ(学校への愛着、信頼など)」という概念がマーケティングのキーワードとして重要視されるようになってきました。さらに「学生(顧客)ロイヤリティ」から派生して、今から20年ほど前に、フレデリック・ライクヘルドの提唱した、顧客ロイヤリティを計測するひとつの手法として、「正味推奨者指数・割合(Net Promoter Score、以下NPS)」(* )というものが紹介されていることについて、ご存知の方も多くいらっしゃるかも知れません。
いままで、顧客のロイヤリティを測定する試みは、そのリピート意向、必要度、情動指標などの多くの指標とともに、満足度(顧客、従業員、学生、広くステークホルダーなど)などをたずねるアンケート調査が多く実施されてきています。そしてロイヤリティを捕捉するひとつの視点でもある推奨度を点数化するNPSは、提供されるサービスを直感的に見極め、数値に置きかえる作業です。そしてサービスの提供者側に顧客側からの能動的な視点をフィードバックする流れであるとも言えます。つまり、これを専門学校の状況に置き換えれば、熱烈な「推奨者」が実態としてどの程度存在するのか、推奨度を数値化することにより、定量的な経時的変化の把握や競合する他校と比較検討する試みも可能となります。そして最終的には、推奨度を向上する要因のありかを探り、重要度・必要度・緊急度などを分析しながら、有効な施策を構築することが、有効なNPSの活用方法と言えるかもしれません。

4.個人的に満足することと他者に推奨することの違い
私たちは、従来のモノやサービスを利用した結果の満足度が高くとも、さらに一歩踏み込んで他者に対して能動的に推奨することは、経験的に「別もの、別次元」との印象を持っていることが多いようです。例えば、学生本人や大きく影響を持つ保護者・保証人などが、「(我が子の)通学していた専門学校に(個人レベルでは、)満足しているけれど、きょうだいや親戚の進学期にある子どもたちに対しては、(専門分野はともかくとして他の学校種、例えば)大学がお薦め」といった事例は普通に存在するようです。加えて専門学校の強みを正しく認識し、推奨度を高めるためには、特に「クチコミの力」が重要であることは、ネット上でSNSによって活発に情報発信される現在も、たいして変わらないかも知れません。
最終的な広報の目的としては、専門学校の良さを、社会に広く・地域に深く知られることは当然のこととして、その個別の学校の存在が知られていることだけではなく、学校を選ぶ段階で、志望者からその選択肢の中に私たちの専門学校が組み込まれていることがのぞまれます。調べれば適確な情報にたどりつき、関係者からの推奨度の高い教育機関でありたいと願うのは、多くの方の一致する見方かも知れません。
この「知る専」リレーコラム第3号の植上一希教授、第11号の岡村慎一理事のお考えにあるように、専門学校の強みは、一つには、教員の経験、経歴など出身背景の多様性と専門学校が所在する地域に根ざした貢献活動でしょう。

5.推奨度を高める方策を探る
専門学校が推奨度を上げるための工夫や仕組みを作り、真のサポーター、ファンを創出するにはどのような方策が有効になるのかを考えてみたいと思います。例として、以下のような取り組みはいかがでしょう。
①定量的な中長期の目標を掲げ、学校内外に広く公表する
②地域社会、関係するコミュニティへの施設設備活用促進だけではなく、積極的な人材の紹介や交流、積極的な情報共有を通じてのネットワーク形成をして実効性を高めていく
③学校の規模を活かして、柔軟性を持って学際的かつ横断的な取り組みの計画立案と実施を行う
④教学部門と事務部門それぞれの特徴・特性を活かして他校との積極的なアライアンスを構築する
⑤学生に専門学校で学修する誇りを認識してもらい、学生の世代や背景が多様的であることのメリットを活かす
⑥自由でたくましい学生たちへの教学面からの支援を実施する
⑦ステークホルダーとのつながりの継続的な強化のための仕組み作り
などといった視点をあげることができるのではないでしょうか。
冒頭に触れた海外から移住してきた人から見える日本の日常生活のクオリティのように、私たちも、専門学校から少し離れて客観視することが、新たな視点を提供してくれるように思われます。また学校の当事者のみならず、多くのステークホルダーが、その専門学校を広く他者に対して推奨したいと考える真の支援者になっていただけるのか、信頼と愛着を持って学校に関わっていただけるのか、これらが「推奨度」向上に深く関係し、寄与すると思われます。
専門学校の強みは学校数ごとに多様に存在します。教育の質的向上を不断の業務として捉え、教育理念の実現、学校の目的・教育目的の達成、社会的信頼の醸成のための利用者視点に立った情報の公表、連携関係の実質化、多様性を強く意識することが、専門学校サポーターの継続的創出にもつながります。専門学校の推奨度の向上とは、教育の質の向上に他ならず、当事者として実現していく意思が社会から強く期待されているように思われます。

* NPS(Net Promoter Score正味推奨者指数・割合)とは、利用者にアンケート実施して、「強く薦める」か、「絶対に薦めないか」どうかの「推奨度」をきくものです。提供されているサービスについて、利用者に10点満点で点数をつけてもらいます。10点を満点として、10点の「強く薦める」から、その反対に「絶対に薦めない」場合には0点と点数評価します。このように評点の結果、10点満点上位の10点と9点のみを「推奨者」とし見なして、8点、7点はそのサービスについて「中立者」、残りの6点以下0点までは、「批判者」と捉えます。「推奨者」比率から「批判者」比率を引いた結果の差が、正味推奨者割合と呼ばれるものです。日本では、マイナスの数値となってしまうことも多いようです。

(メールマガジン第20号(2022.1.24)に掲載)