すでにデジタル人材である皆さんへ。
日本が推進するDXと、そこで求められる専門性中村祐介(株式会社エヌプラス 代表取締役)
国民的アニメ「サザエさん」の家長である磯野波平。彼のオフィス机にパソコンはありません。1969年放送開始ですが、当時、資料は手書きでつくるのが一般的でした。そのため今でもその表現が残っています。今では想像もつきませんよね。皆さんも私もパソコンやスマホを使い、PowerPointやKeynoteで資料を作ります。
このように道具(ツール)がアナログからデジタルに変わることをデジタイゼーション(Digitization)といいます。
次に、今の多くの人はスマホを使い、AppleMusicやSpotifyで音楽を聴きますよね。その昔、音楽はCDという一枚のメディアにアルバムという形で10曲程度入った状態で売られていました。しかし、今や音楽はデジタル配信で1曲ずつ選んで聞くのが当たり前。つまり、音楽業界のビジネスは、アルバムを売るという形態から「定額制(サブスクリプション)契約者に1曲ずつ選んで聞いてもらう」に変化したわけです。「音楽」自体は変わりませんが、売り先と売り方が変わったんです。
このようにデジタルによって、企業の業務プロセスが変わるようなことをデジタリゼーション(Digitalization)といいます。
では本コラムのタイトルにもなっている「DX(デジタルトランスフォーメーション:Digital Transformation)」とはなんでしょうか? それは、企業の組織全体がデジタルによって変わることを意味します。例えば、日本でもおなじみの米国の映像配信サービスNetflixは、もとはといえばレンタルビデオショップでした。レンタルビデオショップというのは、映画やドラマなどのビデオ(DVDやビデオテープ)をレンタルさせるお店です。日本ならTSUTAYAやGEOなどがこれにあたるでしょう。
Netflixは当初、WebサイトでDVDの販売やレンタルを受け付けて、郵送で配送と返却を行っていました。しかし、顧客にとって郵送では期限までの返却が難しく(なにしろ日本よりも遙かに国土の大きいアメリカです)、月額料金で好きなだけ映画が借りられて、返却日も自由という定額制(サブスクリプション)を導入しました。そして、インターネットのインフラが整っていく流れの中で、DVDからオンライン配信へと舵を切ったのです。同社は今では自社で映像コンテンツも作る制作会社でもあるのはご存じの通りです。彼らは人気のコンテンツを会員の閲覧履歴から分析し、そのデータをベースにこれから人気がでるであろうコンテンツを企画・制作します。
Netflixのようにデジタルによって組織全体が変わり、サービスやビジネスも変わり、その結果成長が爆発的に加速する。これがDXによる変化です。波平がツールを紙からパワポに変えても、それは波平の作業効率があがっただけです。そして、音楽会社が曲の販売をCDショップからオンラインに変わっても、それは流通方法が変わっただけです。波平の会社も、音楽会社もそれによって爆発的に成長できたかというとそうではありません。爆発的に成長したのは、パワポを提供したマイクロソフト社であり、流通を変えたAppleやSpotifyです。つまり、既存の状態をひっくり返すような出来事を為した企業=ゲームチェンジャーがビジネスで勝つわけです。そしていまゲームチェンジャーになるために最低限必要と思われているのがDX推進といわれており、多くの日本企業も自社のDX推進を行っています。
企業がデジタルで変わるために、求められるのはデジタルの知識はもちろんですが、それだけではありません。むしろ、その事業や職業に対する深い理解のほうが重要です。実際に自分が専門性のある事業や職業に就いていて不便だと感じたこと。もっとうまくできないかと思ったこと。それをデジタルで変革することこそが、DXの足がかりとなります。「これをデジタルでやったら、より良くなるのではないか」そう考えられる人は、「これ」について深い理解がある人だけです。まさに「必要は発明の母」なのです。
ただし、「これ」についてあまりにも長く携わっていると、これまでの常識にとらわれて新しく変えようという気持ちも考えも浮かばなくなるケースもあります。実際、AppleMusicやSpotifyなどは流行るわけがないと、サービス開始当初、音楽業界は一笑に付していました。結果はご覧の通りです。
DXの鍵となるのは、皆さんのような若い世代です。皆さんは、子供の頃からスマホやPC、インターネットを体験しています。自分たちならデジタルでこうするのに、という発想を持てるのではないでしょうか。大人たちと違い、皆さんはすでにデジタル人材なのです。
だからこそ、自分が携わりたい仕事の学びはもちろんですが、デジタルやテクノロジーでその業界や会社に対して「こんなことができるのではないか?」と考えながら向き合ってみてはいかがでしょうか? 課題を考えながら学びに向き合えば、解像度はかなりあがるはずです。
そして業界や会社、学校は、若い人たちに期待をするだけではいけません。彼らが学び前へ進もうとする際に、彼ら自身を支える環境が必要です。そのためには、必要な投資を私たちが行う必要があるのです。
中村祐介(株式会社エヌプラス 代表取締役)
編集者、ストラテジスト、アーキテクト。自治体・企業の商品開発やブランディング、リブランディングを行う。現在は九州地方でワーケーションリゾート施設の企画・開発やスマート農業の導入支援などのほか、国内複数のリゾート施設 やメーカーの情報発信やブランディングなども行う。一般社団法人おにぎり協会代表として、NHKの「あさイチ」やTBS「マツコの知らない世界」などテレビ出演多数。株式会社エヌプラス代表、株式会社ブレンアーキテクト取締役。
(メールマガジン第29号(2022.9.26配信)に掲載)