専門学校の社会的評価~教育再生実行会議第五次提言をめぐって~関口正雄(学校法人滋慶学園 東京メディカルスポーツ専門学校 学校長)
「♯知る専」では、専門学校の先進的な取り組み、特に職業実践専門課程の認定要件に示される企業連携に関する優れた教育事例が多く紹介されているように思います。こうした専門学校の良いところを広く世間に知ってもらうという活動の意図は、専門学校への社会の評価と信頼の向上にあるといってよいでしょう。
では専門学校への社会の評価と信頼の現状はどうなのか?このような問いを掲げると専門学校関係者に今も重く伸しかかってくるのは、内閣官房教育再生実行会議第五次提言(平成26年7月3日)にある以下の文章です。
「専修学校専門課程(専門学校)は、教育の質が制度上担保されていないこともあり、必ずしも適切な社会的評価を得られていない」
この一文について、気になる点を思いつくまま述べてみます。
1:「教育の質が制度上担保されていないこともあり」
第五次提言では、各学校種における職業教育の現状について、
「大学は、実践的な職業教育に特化した仕組みになっていない」、
「高専は、新規高校卒業者や社会人を対象としていない」
とした上で、上記の通り専門学校への言及が続きます。
また専門学校については、「実践的で専門的な職業教育を行う」専門学校の課程として職業実践専門課程(平成26年に制度化)も紹介されています(第1章第3節注4)。
第五次提言では、こうした各学校種への指摘に続き「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化」が提唱され、これが専門職大学設立へと繋がります。
しかし「実践的職業教育に特化し」、「高校新規卒業者や社会人を対象とする」教育機関であれば、専門学校とくに職業実践専門課程はそれらの要件に該当していたはずで、「教育の質の制度上の担保」との要件が加われば、専門学校は、期待された新たな職業教育機関となる可能性があったのではないかと今でも思ってしまいます。
実際には、専門学校における教育の質の制度上の担保は検討されず、新たな教育機関は、大学という制度の内側において専門職大学として誕生することになりました。
専門学校の制度上の正式化を目指しその後の新たな職業教育機関創設の動きの発端となったいわゆる一条校化運動は、運動を進めていく過程で、日本の教育制度全体の再構築において職業教育の体系が打ち立てられ、専門学校教育に相応しい位置付け・制度化がなされることを期待した面もありました。
第五次提言の中にも、「(新たな職業教育機関の制度化により)高等教育に職業教育体系を確立する」意図が語られています。しかし、職業教育の体系化は、大学制度内部の動きにとどまり、残念ながら教育体系全体の再構築が起動することはなく、職業教育は個々の学校種の一部として位置付けられたまま、今日に至っています。(参照『今後の高等教育の将来像について』平成30年2月8日文部科学省)
こうした展開と経緯を踏まえ、改めて第五次提言の一文における「制度上の担保」とは何か、それはどうすれば可能になるのかと考えてみるなら、その答えは結局「大学の制度の内側に入ること、すなわち大学になること」なのではないかと思われてきます。
もし高等教育段階の「教育の質の制度上の担保」が大学においてのみ可能であるなら、そもそも専門学校において教育の質の制度上の担保はこの先も不可能ということになります。
いやそうではなく専門学校においても教育の質の制度上担保が可能というのであれば、果たしてそれは、どのようなものであり、またどんな職業教育体系構築上の立脚点・視座から検討されるものなのでしょうか?
2:「専門学校は適切な社会的評価を得られていない」
この文章では、「適切な」という言葉が気になります。「適切な」というのは何にとって適切で相応しいのでしょうか?専門学校の職業教育の現状・現勢に対して相応しい社会的評価が得られていないと読むべきなのでしょうか?
この解釈には、専門学校側からは一部反論があるでしょう。それは専門学校の現勢に関する事実に基づく反論です。何よりも高校からの進学率は、18歳人口減少が始まって以来20数年総じて増加傾向にあり、令和2年度には24%に達しています。多くの入学者を確保している事実こそ、社会の信頼・評価の現れという主張です。
一方「適切な」は、高等教育機関というものに対しての相応しさとして捉え、その意味での適切な社会的評価は得られていない、という解釈もあるでしょう。
つまり専門学校は現在これだけの現勢を確保する存在であるから一定の社会的評価を得ているだろうけれど、高等教育機関としては評価されているとは言えない、とこの文章は言っていることになりますね。
本当にそうなのか?社会がそのように評価しているとする根拠はどこにあるのか?この一文において根拠なしに「社会的評価が得られていない」とする背景には、日本社会が職業教育を低く見る傾向からくる先入見があるとも考えたくなります。
ただし専門学校も、こうした専門学校をよく知らない人たちの偏見による発言や専門学校生が被る様々な不利益を承知しているからこそ、一条校化や職業教育体系確立のための教育体系全体の再構築に向けた動きを起こしたのも事実です。
最後に:専門学校の不安定な位置づけからの再出発
さて第五次提言において専門学校を断じたこの一文全体は、「専門学校には、教育の質の制度的担保は存在しない、担保が存在しないから、高等教育機関としての社会的評価が得られていない」とだけ言って、我々専門学校を突き放したままにしていると感じます。
さらに、①で見たように、「制度上の担保」が「大学になる」ことで得られるとすると、この一文は「専門学校は、大学ではないから(大学のような)適切な社会的評価は得られていない」という身も蓋もないことを言っていることになりますが、これは単純化し過ぎでしょうか?
第五次提言において「専門学校教育の質の制度上担保」に言及しながら、この提言全体にも、また平成30年の『今後の高等教育の将来像について』においても、専門学校は今後、教育の質の制度上担保を専門学校制度として目指すべきなのか、それはどのように可能なのかについて一切言及がありません。専門学校は、突き放されたまま身動きができないでいるのです。
改めて我々は、専門学校がいかに教育制度上不安定・不透明な位置づけにあり、そのことへの対処の起点、検討の視座すら持ち得ていないことを、この一文により思い知らされることになります。
とはいえ手をこまねいているわけにはいきません、それでも前へ進むにはどうしたいいか?その進むべき道筋は「職業実践専門課程の充実」の上にある、と私は考えたいと思います。そして機会があればそのことを述べてみたいと思います。
(メールマガジン第13号(2021.10.11配信)に掲載)