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本物のホスピタリティ黒田尚嗣(クラブツーリズム株式会社 テーマ旅行部顧問、
東京ホテル・観光&ホスピタリティ専門学校講師、一般社団法人日本旅行作家協会会員)

私は三重県伊賀市上野にある俳聖松尾芭蕉の生家の向いで生まれ、松尾家代々の菩提寺である愛染院(願成寺)で学んだ経験から、自らを「平成の芭蕉」と称し、松尾芭蕉同様に旅を住処としてきました。すなわち、私は自分の好きな旅行を取り扱うサービス業に携わりながら、日本旅行作家協会会員として月刊『旅行読売』に俳句ではなく、旅行記事を連載しています。

また、私は週に一度、専門学校で「ツアー企画」の授業を担当し、旅行商品の企画営業や「観光とは何か」について講義していますが、学生には常々「商品を売るのではなく、ホスピタリティを売りなさい」と指導しています。

なぜなら、お客様は旅行を通じて実際には「自慢できる体験話」や記憶に残る「想い出」を買うのであり、そのためには旅行中にホスピタリティを感じていただく必要があるのです。最初は「商品を売るな」の意味が学生にはわかりにくかったようですが、「想い出」と「思い出」の違いを説明すると理解してくれました。

すなわち、「思い出」は自分の関心のある分野(フィールド)の記憶が中心ですが、「想い出」には相手があり、その相手から何かしら「おもてなし」を受けて得られる記憶なのです。

「ホスピタリティ」という言葉は日本語では「おもてなし」と訳されますが、厳密に言えば意味は少し異なります。ホスピタリティの語源は、異国から訪れた人を教会等の施設が保護したことから、客人を保護するといった異人歓待がベースとなっています。一方、「おもてなし」は諸説ありますが、聖徳太子が制定した憲法十七条の第1条「和を以て尊しと成す」の「以て、成す」というところから「もてなす」になったと言われています。

よって、ホスピタリティを発揮する際には、基本的に見返りや目的はありませんが、「おもてなし」には「~をもって~をなす」という語源から考えると、「表裏がない」という意味と「今持てるものを以て何かを成し遂げる」といったニュアンスがあります。例えば日本の旅館で外国人旅行客をもてなす場合は、また日本に来ていただいた際に利用してもらいたいという意図が伺えます。

それでは、ホスピタリティにおいては本当に相手に見返りを求めないのかと言えば、私はひとつだけあると思います。それは、自分が相手にホスピタリティを発揮したことで得られる「相手の喜び」であり、これはおもてなしでも同様です。

実際、私も旅行サービスを提供する中で、何に喜びを感じるかと言えば、お客様に喜んでいただいた時です。従って、ホスピタリティでも「他者に奉仕した時に得られる喜び」が自分への見返りであり報酬だと思います。

2020年の東京オリンピック決定に際して滝川クリステルさんが「お・も・て・な・し」と紹介して以来、日本語の「おもてなし」は国際語となり、すっかり有名になりました。人が人をもてなす際には、一方的にもてなされる側が受益者になるのではなく、もてなす側も“もてなす喜び”を共有することができるのです。すなわち「おもてなし」とは、「もてなす人」と「もてなされる人」との関係性の間にある文化です。

そしてこの「おもてなし」を最も効果的に行った歴史上の人物は織田信長です。意外かもしれませんが、織田信長が自身の領地である岐阜で行ったのは、戦いではなく、文化の力で有力者たちを迎える、物心両面からの手厚い「おもてなし」だったのです。

信長公は、金華山などの自然と城下町が一体となった素晴らしい景観や鵜飼文化にその価値を見出し、軍事施設の城に「魅せる」という独創性を加え、おもてなしの文化を作ったのです。そして信長公が形作った町並みや鵜飼文化が残る岐阜の地は、『「信長公のおもてなし」が息づく戦国城下町』として日本遺産にも登録されています。

しかし、三重県生まれの私にとって、本物のホスピタリティとは何かと問われれば、やはり伊勢のおかげ参りにおける『赤心慶福(せきしんけいふく)』の精神、すなわち「赤子のような嘘いつわりのないまごころを持って、人の幸せを自分のことのように喜ぶ」態度です。

これは、お伊勢さんの参道を歩く際の「清らかな気持ちでまごころを尽くし、参拝者の幸せを共に喜びましょう」という、神宮をお参りする心の在り方を表わしています。因みに伊勢の名物「赤福」という名前は、この「赤心慶福」という言葉が由来とされ、赤福餅の形は、神宮の周辺を流れる五十鈴川のせせらぎをかたどったもので、あんこについている3本の筋は「清流」、白いお餅は「川底の小石」を表していると言われています。

ホスピタリティは、国によってその方法は異なるものの、もてなす心には普遍性があります。これからの日本を背負われる専門学校生には、好きなことを仕事としつつ、この「赤心慶福」の精神から本物のホスピタリティも身に着け、多くの人に良き「想い出」を提供できるような人間になっていただきたいと思います。


黒田尚嗣(クラブツーリズム株式会社 テーマ旅行部顧問、
東京ホテル・観光&ホスピタリティ専門学校講師、一般社団法人日本旅行作家協会会員)

慶應義塾大学経済学部卒業後、近畿日本ツーリスト入社、現在はクラブツーリズム(株)顧問として「旅行から人生が変わる」をテーマに各種の旅行講座やファンマーケティングの指導、また自らもツアーに同行し、「世界遺産・日本遺産の語り部」として活躍中。旅行情報誌『月刊 旅行読売』に「日本遺産のミカタ」連載中。ペンネーム「平成芭蕉」
オフィシャルブログ「平成芭蕉の旅物語」 https://heiseibasho.com

(メールマガジン第31号(2022.10.24配信)に掲載)