OBOG INTERVIEWクルマをデザインするだけでなく、乗る人の「喜び」や「幸せ」を創造する
後藤 純(ごとう・じゅん)さん
株式会社本田技術研究所 オートモービルセンター デザイン室 PDスタジオ主任研究員
(ご所属は2019年時点の情報です)
学校法人滋慶学園 東京コミュニケーションアート専門学校
今の仕事の内容は?
カーデザインとは、クルマの形を生み出す仕事。確かにそのとおりなのですが、形を考える作業は、デザインという仕事のプロセスの一つにすぎません。 僕たちカーデザイナーの仕事は、コンセプト作りから始まります。まず、クルマを通じてお客さまにどのような喜びや幸せを提供するのか、クルマの「価値」を考えていきます。 次に、その価値を実現するための方法、例えば車内空間のあり方や必要な技術などを決めていきます。デザインとは、こうしたコンセプトを形にしたものです。だからコンセプト作りもカーデザイナーにとって大事な仕事であり、長い時間をかけています。さらに、生産工程にもデザイナーは関わります。自分が思い描いたデザインのままで量産できるのか、工場にも足を運んでチェックし、最後まで責任を持って見ていきます。自分が思い描いたデザインを、世に送り出せる製品に作り上げる過程は、まさに「育てていく」という感覚ですね。
今の仕事を選んだきっかけは?
クルマ好きの父の影響で、僕も昔からクルマが大好き。「幼稚園の頃のお前は、走っているクルマの車種を全部言い当てた」と父が言っていました。絵も好きでしたね。学校で写生大会があると風景ではなく、駐車場へ行って先生たちのクルマを描いていました。卒業文集でも「一番絵がうまい同級生ランキング」の1位で、それなりの自信はありました。高校3年の夏、雑誌で人気のクルマの開発ストーリーを読み、掲載されていたデザイン画を見たときに感動して、「将来はこんな仕事をしたい!」と思った。それがカーデザイナーを目指す大きなきっかけとなりました。
今の仕事のやりがいは?今後の夢や目標は?
デザインしたクルマに乗られたお客さまが喜ぶ姿を見ることが、一番うれしい瞬間です。初めてデザインを手がけたのは「ストリーム」というクルマ。コンパクトでありながら7人乗ることができ、家族みんなが楽しめるクルマを想定して作ったものです。発売されたその頃、僕はドイツに駐在していました。「ストリーム」に乗ってパリに向かう道を走っていると、同じクルマが前を走っていたので横に並んでみたら、フランス人の家族が笑顔で手を振ってくれた。僕のデザインしたクルマで、思い描いたとおりの家族の幸せな時間を過ごしている。デザインの仕事を始めてから得た、最初の大きな感動でした。この感動を求めて、自分はクルマのデザインを続けているのだと思います。
卒業した専修学校を選択した理由は?
高校は山形県内で2番目の進学校でした。両親は私に医者の道に進むことを望んでいて、同級生もみんな大学に進学します。周りはカーデザイナーなんて夢の話と思っていましたが、僕はすぐにその勉強がしたかったので自分でカーデザインを学べる専門学校を調べることに。東京に行って専門学校の体験入学に参加し、出会ったのが僕の恩師であるホンダの元カーデザイナー・藤村敬直先生。僕の絵をすごく褒めてくれて、自分の才能を認めてくれた先生を信じ、ここで学ぼうと決断。その後、両親や先生を説得して、この専門学校へ進学することができました。
専修学校時代の思い出は?
専門学校では、活躍中のカーデザイナーの指導や、仕事現場の話を聞く機会がとても多く、プロレベルのデザインを知ることができました。プロの心構えを学べたことも大きかったですね。
また、恩師には、最初の授業でいきなり「自主的に頑張らないと生き残れないからね」と言われました。逆に考えれば、向上心を忘れなければ認められる世界。夢中で勉強しました。
学校での学びが活かされている仕事の場面は?
常に成長を目指す姿勢を身に付けたことが、今も仕事の支えとなっています。
2021.03.09
学校法人滋慶学園 東京コミュニケーションアート専門学校
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